研究紹介
Research
本邦が抱える最重要課題の一つに、“少子高齢化に伴う労働人口の減少”に関わる問題が挙げられます。 “年齢に関わらず、活力を維持し、元気に働く”ことを求める声は、個人、企業、行政それぞれの立場から今後ますます高まるはずです。 私たちはこの課題に“体力科学”の立場から貢献したいと考え、労働者の体力・身体活動をテーマとした研究に取り組んでいます。
少子高齢化・労働人口減少社会
国としては、国力や年金システムを維持するために働き手を増やす必要があり、国民個人としても、年齢に関わらず元気に働き続けることを望む声が今後高まると予想されます。
労働者の体力に関する研究
労働者の体力:健康を脅かす様々なばく露因子から労働者自身が自らを守る力
“体力”の概念としては、持久力や筋力など身体的要素のイメージが先行しますが、体力を“身体的要素”と“精神的要素”の2要素で捉えようとする考えは古くからあります。人が様々なばく露因子から身を守る力には、身体的な要素だけでなく、精神的な要素も必要とする考え方です。しかし、このような考え方は概念的なものに留まっており、科学研究としての知見が深まっているわけではありません。そこで私たちは、身体的体力(physical fitness: PF)と精神的体力(mental fitness: MF)を図に示すように定義したうえで、この課題に取り組みたいと考えています。
身体的体力に関する研究
労働者自身が自らの身を守るための要素として心肺持久力に着目心肺持久力(Cardiorespiratory fitness : CRF)とは
多くの危険因子(高血圧、喫煙、糖尿病など)の中で死亡リスクへの影響が最も強いのはCRF(N Engl J Med. 2002)
AHA声明「多くの重要なリスクファクターの中で唯一定期検査の項目に入ってないのはCRF」(Circulation.2016)
中年期の低CRFは老年期の疾患発症、高死亡率、高医療費に関わる(Arch Intern Med 2012; J Am Coll Cardiol. 2015)
WLAQ(質問紙)とJST(簡易体力検査法)を用いた疫学調査(疾患リスクとの関係)
「身体的体力」の研究では、主に「心肺持久力:cardiorespiratory fitness(CRF)」に着目した調査・実験に取り組んでいます。CRFは疾病発症に強く関わる重要な健康指標です。労働者が自分自身の数値を年に1回でも知ることができれば健康管理に有用ですが、効率的な評価法がないのが実情です。労働者のCRFをどのように評価し、また、どのように高めるかについて研究しています。
精神的体力に関する研究
人の体力は「身体的体力(physical fitness: PF)」と「精神的体力(mental fitness: MF) 」から成ることが古くから言われていますが、MFについて掘り下げた研究はほとんどありません。しかし、メンタルヘルスの問題など昨今の労働者の実情を考えますとMFはPFと同等もしくはそれ以上に重要かもしれません。労働者のMFをどのように定義し、評価するかを検討するため、インタビュー調査やスマートフォンアプリを用いた被験者実験を行っています。MFの評価法を確立させたのち、PFとMFを同時に評価する疫学調査を行う予定です。
労働者の身体活動に関する研究
- MVPA(中高強度身体活動)とは
- Moderate-to-Vigorous Physical Activityの略で、3METs以上の身体活動のことです。
- METsとは
- 身体活動の強度の単位です。安静時(静かに座っている状態)を1とした時と比較して何倍のエネルギーを消費するかで活動の強度を示します。
- 身体活動の区分
- 身体活動はその強度(エネルギー消費量)によって4つに分類されます。
活動レベル評価ツール
傾斜計
3軸活動量計
質問紙
WLAQで調査した勤務時間に占める座位時間の割合(職種別)
「身体活動」に関する研究のキーワードは、「座位行動」「MVPA」「Physical activity paradox」です。最近、長時間の座位が健康に悪影響を及ぼすことがいくつかの研究で示されていますが、勤務時間のほとんどを座位で過ごすような働き方をする人は増えています。一方、「MVPA」とは強めの身体活動のことでWHOは「週に150分以上」を推奨しています。また「Physical activity paradox」とは、休日の身体活動が多いことは健康にポジティブに作用し、勤務中の身体活動が多いことはネガティブに作用する現象を言います。「デスクワークはどの程度“悪”なのか」「日本人労働者のMVPAの実態はどうか?」「身体活動が健康に及ぼす影響は勤務中と休日で異なるのか」などの不明点を明らかにしていきたいと考えています。